- 2025年5月12日
胃がん予防のために知っておきたいピロリ菌検査と除菌のすべて

胃がんは、依然として日本人にとって罹患数・死亡数ともに多いがんの一つです。しかし近年、胃がんの原因の多くが「ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)」という細菌の感染にあることが明らかになり、適切な検査と治療(除菌)によって、胃がんリスクを大幅に減らせることがわかってきました。
このブログでは、胃がん予防の鍵となるピロリ菌について、その正体から検査方法、そして除菌治療まで、知っておきたい情報を網羅的に解説します。
ピロリ菌って何?胃の中にすむ細菌

ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)は、私たちの胃の粘膜に生息する、らせん状の形をした細菌です。通常、胃の中は強い酸性(胃酸)のため、細菌は生息できません。しかし、ピロリ菌は「ウレアーゼ」という特殊な酵素を使って自分の周りの胃酸を中和し、アルカリ性のバリアを作ることで胃の中でも生き延びることができます。
どうやって感染するの?
感染経路はまだ完全には解明されていませんが、主に食べ物や水を介した口からの感染(経口感染)と考えられています。また、5~6歳くらいまでの幼少期に感染すると考えられています。特に、衛生環境(上下水道の整備など)が整っていなかった時代に幼少期を過ごした世代で感染率が高い傾向にあり、日本の感染者数は約3,500万人とも言われています。また、両親や同居している家族からの感染も指摘されています。多くの場合、感染しても自覚症状はありません。
なぜピロリ菌が胃がんの原因に?
ピロリ菌が胃に感染すると、胃の粘膜に慢性的な炎症(慢性胃炎)を引き起こします。この状態を「ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎」と呼びます。
この炎症が長期間続くと、胃の粘膜が薄く痩せてしまう「萎縮(いしゅく)」や、胃の粘膜が腸の粘膜のようになってしまう「腸上皮化生(ちょうじょうひかせい)」という状態に進行することがあります。こうした胃粘膜の変化が、胃がん発生のリスクを高めるのです。
実際に、世界保健機関(WHO)は1994年にピロリ菌を「確実な発がん物質」と認定しています。また、胃がんだけでなく、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の発症・再発にもピロリ菌が深く関わっていることがわかっています(潰瘍患者さんのピロリ菌感染率は80~90%と非常に高いです)。
ピロリ菌がいるか調べるには?~検査方法のすべて~

ピロリ菌に感染しているかどうかは、いくつかの検査で調べることができます。「胃がん予防の第一歩」として、まずは検査を受けてみましょう。検査方法は、大きく「内視鏡(胃カメラ)を使う方法」と「内視鏡を使わない方法」に分けられます。保険適応については条件がありますので、クリニックにてご相談ください(保険適応にならない場合でも、自由診療で検査可能な場合もあります)。
【内視鏡を使う方法】
内視鏡検査の際に、胃の粘膜組織を少し採取して調べます。
- 迅速ウレアーゼ試験 (RUT): 採取した組織を特殊な試薬に入れ、ピロリ菌が持つウレアーゼ酵素の働きによる色の変化で判定します。比較的早く結果が出ます。
- 組織鏡検法(病理組織学的検査): 採取した組織を染色し、顕微鏡で直接ピロリ菌の有無を確認します。
- 培養法: 採取した組織を使ってピロリ菌を培養し、存在を確認します。薬剤感受性試験などにも利用できます。
- (参考) 内視鏡所見: 医師が内視鏡で胃の中を見たときの粘膜の様子(発赤、白色粘液の付着、ひだの肥厚など)からも、感染を疑うことがあります。
【内視鏡を使わない方法】
体への負担が少ない検査法です。
- 尿素呼気試験: 検査薬(尿素)を飲む前と飲んだ後の呼気(吐く息)を袋に集めて調べます。ピロリ菌がいると、尿素が分解されて特殊な二酸化炭素が呼気中に増えることを利用します。精度が最も高く、診断や除菌後の判定によく用いられます。
- 便中抗原検査: 便の中にピロリ菌の抗原(菌の一部)があるかを調べます。簡単で負担のない検査です。
- 抗体検査(血液・尿): 血液や尿を採取し、ピロリ菌に感染した際に体内で作られる抗体の量を測定します。手軽なスクリーニング検査ですが、過去の感染でも陽性になることや、除菌成功後も抗体がすぐには減らないため、除菌判定には通常用いられません。
どの検査が適切かは、個人の状況や目的によって異なります。また、より正確な診断のために、複数の検査を組み合わせることもあります。まずは医師に相談してみましょう。
ピロリ菌が見つかったら?~除菌治療について~

もし検査でピロリ菌の感染が確認されたら、除菌治療を検討することになります。
どんな人が除菌治療を受けるべき?
日本では、2013年から「ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎」と診断された場合も、ピロリ菌の除菌治療が保険適用となりました。それ以前から保険適用だった以下の疾患と合わせて、現在はピロリ菌感染者でこれらの診断を受けた方が対象となります。
・ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎 ・胃潰瘍、十二指腸潰瘍 ・胃MALTリンパ腫 ・特発性血小板減少性紫斑病 ・早期胃がんに対する内視鏡的治療後 |
日本ヘリコバクター学会は、上記疾患の治療や胃がん予防のため、ピロリ菌感染者「全員」に除菌療法を受けることを強く推奨しています。院長も、同意見です。
除菌治療の方法と成功率
除菌治療は、通常、「胃酸の分泌を抑える薬」1種類と、「抗菌薬(抗生物質)」2種類の合計3種類の薬を、1日2回、7日間続けて服用します。
正しく薬を服用した場合、1回目の治療(一次除菌)の成功率は約90%と言われています。もし一次除菌でピロリ菌がいなくならなかった場合でも、抗菌薬の種類を変えて再度治療(二次除菌)を行うことで、ほとんどの場合(二次除菌成功率90%以上、全体の除菌成功率は98~99%程度)、除菌に成功すると報告されています。
治療が終わってからすぐには正確な判定ができないため、通常8週間ほど経ってから、尿素呼気試験などで除菌が成功したかどうかを確認する検査を行います。
除菌治療のメリットと注意点
ピロリ菌を除菌することには、大きなメリットがあります。
除菌のメリット
- 胃がんリスクの低減: 除菌により、胃がんの発生リスクを1/2~1/3程度に下げることができます。特に、胃の炎症が軽いうちに、若いうちに除菌するほど、予防効果が高いとされています。
- 胃潰瘍・十二指腸潰瘍の再発抑制: 潰瘍の原因であるピロリ菌がいなくなることで、再発しにくくなります。
- 次世代への感染予防: 親から子への感染が主な経路と考えられているため、親世代が除菌することで、子どもや孫への感染を防ぐことができます。
除菌治療の注意点・副作用
除菌治療は比較的安全に行われていますが、いくつか注意点があります。
- 治療前の確認: 過去に薬でアレルギー(特にペニシリン系抗菌薬)や副作用を起こしたことがある方は、必ず事前に医師に伝えてください。
- 服薬中の注意:
- 処方された3種類の薬は、必ず指示通りに7日間飲み続けてください。自己判断で中止すると、除菌に失敗したり、薬が効きにくい耐性菌ができてしまう可能性があります。
- 二次除菌中は、アルコールの摂取(飲酒)は避けてください。一次除菌中も、過度の飲酒は控えてください。
- 喫煙によって除菌治療の成功率が下がることが分かっています。これを機会に、禁煙されることをお勧めします。
- 副作用:
- 比較的多い副作用として、軟便や軽い下痢、味覚異常(苦味など)がありますが、多くは軽度で、服用を続けるうちに治まることが多いです。ただし、症状がひどい場合は医師に相談しましょう。
- まれに、発熱や腹痛を伴う下痢、粘液や血液が混じった下痢(出血性腸炎の可能性)、発疹などのアレルギー症状が出ることがあります。これらの症状が出た場合は、直ちに薬の服用を中止し、医師または薬剤師に連絡してください。
- その他、ごくまれに除菌後に胃酸の分泌が正常化し、逆流性食道炎のような胸やけ症状が出ることがありますが、ほとんどの場合、内服薬でコントルール可能です。
- 血液サラサラの薬(抗凝固薬・抗血小板薬など)を服用中の方へ: これらの薬を飲んでいる方は、胃潰瘍などができた場合に出血が止まりにくくなるリスクがあります。ピロリ菌は潰瘍の原因となるため、このような薬を飲み始める前、あるいは服用中の方も、医師と相談の上で除菌を検討することが推奨されます。
胃がん予防のために、まずピロリ菌検査を
ピロリ菌の検査と除菌は、胃がん予防において非常に重要なステップです。特に、ご自身の胃がんリスクを知りたい方、ご家族に胃がんになった方がいる方、そして将来子どもを持つことを考えている若い世代の方は、一度ピロリ菌の検査を受けてみることをお勧めします。
もし感染がわかった場合も、多くの場合は飲み薬で除菌することが可能です。もちろん、副作用などの注意点はありますが、胃がん予防という大きなメリットがあります。
「自分は大丈夫だろうか?」と思ったら、まずはかかりつけ医や消化器内科の医師に相談し、ピロリ菌検査について尋ねてみてください。早期の検査と、必要に応じた除菌治療が、あなたの未来の健康を守る一助となるはずです。